2025年、金(ゴールド)はついに1gあたり22,000円(約4,000ドル/oz)を突破しました。
「金は永遠の価値を持つ」と語られますが、過去のバブル期を知る人々は慎重です。
1980年の高騰期に金を買った投資家は、実に40年近く元本を下回り続けたからです。
もし私たちの寿命が1000年あるならそれでもよいでしょう。
しかし──有限の人生において、“永遠の価値”は“永遠の上昇”を意味しないのです。
歴史が示す「時間に勝てない資産」
1980年、冷戦・オイルショック・高インフレを背景に金は850ドル/ozまで高騰しました。
しかしその後、米金利上昇とドル高で長期低迷し、2020年頃まで40年間、元本を回復できなかったのです。
もし当時の850ドルを消費者物価(CPI)で実質調整すれば、現在の価値で約3,000ドルに相当します。
つまり、名目で高騰しても実質的な購買力は半世紀近く停滞していた計算です。
金は「価値を守る資産」であっても、「時間に勝つ資産」ではない。
――ここに“黄金のパラドックス”がある。
現在の金高騰を支える4つの要因
2025年の金上昇は、単なる投機ではありません。背景にはマクロ構造の変化があります。
- 米国債務の急拡大(約38兆ドル)
- ドルの信認低下と実質金利の低下(r < π)
- 中央銀行(特に新興国)の金準備積み増し
- AI時代の地政学的不確実性と安全資産需要
そして近年注目されているのが、
「アメリカ政府のバランスシート上の金価格」が実勢とかけ離れているという構造的歪みです。
米政府の簿価「42.22ドル/oz」と実勢価格の100倍乖離
米財務省の報告書(U.S. Treasury – Gold Report)によれば、
政府が保有する金は1トロイオンス=42.2222ドルという簿価で計上されています。
これは1973年の「Par Value Modification Act」に基づく**法定価格(statutory price)**であり、
市場価格とは無関係に固定されています。
出典:
しかし、2025年の実勢価格は約4,000ドル/oz。
簿価との差は約95倍に達しており、バランスシート上の「含み益」は1兆ドルを超える潜在的評価益と試算されています。
この差を修正する**金の再評価(リバリュエーション)**が起これば、
米国政府の資産価値は一気に拡大し、債務比率の調整や財政余地の確保につながる可能性があると指摘されています。
(参考:Federal Reserve – Official Reserve Revaluations: The International Experience, 2025)
リバリュエーションが起きた場合の金価格シナリオ
ここで、経済学的な仮定モデルを置いて試算してみましょう。
前提:
- 米国の総債務:約38兆ドル(2025年)
- 米政府の金保有量:2億6,150万oz(約8,133t)
- 現行簿価:42.22ドル/oz
- 現実価格:約4,000ドル/oz
■ シナリオA:現状維持(簿価42ドルのまま)
金価格は市場主導で変動し、年末は3,600〜5,000ドル/oz(約14,000〜20,000円/g)で推移。
これは金利低下・ドル軟化を織り込んだ自然な範囲。
■ シナリオB:部分的リバリュエーション(簿価の引き上げ)
もし米政府が簿価を**実勢の25%水準(=約1,000ドル/oz)**に再設定すれば、
政府資産は約7,000億ドル増加。
市場はこれを「実質的な金本位のシグナル」と受け取り、金価格は1.3〜1.5倍程度上昇。
→ 予想レンジ:5,000〜6,500ドル/oz(20,000〜25,000円/g)
■ シナリオC:完全リバリュエーション(簿価を実勢価格へ)
もし簿価を実勢価格に引き上げ($4,000/oz基準)、
市場は「米国が金資産を債務調整に利用する」と見なし、金は一時的に過熱的上昇。
「債務の25%カバー理論」から算出すると: Pgold=0.25×38兆2.615億≒36,000ドル/ozP_{gold} = \frac{0.25 \times 38兆}{2.615億} ≒ 36,000ドル/ozPgold=2.615億0.25×38兆≒36,000ドル/oz
つまり、リバリュエーションを契機に金は3〜8倍($12,000〜$36,000/oz)に上昇する可能性。
その過程では銀も金銀比1:15の前提で**$800〜$2,400/oz**に上昇するシナリオが成立します。
(ただし、同時にドルの購買力が大幅に低下する点は要注意)
投資家が取るべきスタンス──「永遠の価値」と「有限の寿命」の間で
ここまで見ると、「金の長期上昇」は制度的にも理論的にも裏付けがあるように見えます。
しかし、それでも「今すぐ全力で買うべき」とは言えません。
- 金利上昇期には保有コストが高まる
- 短期的にドル高局面では逆風
- そして何より、1980年型の長期低迷リスクが常に存在します。
金は「通貨の死」を恐れる資産である。
しかし同時に、「時間に殺される資産」でもある。
したがって、金は全財産の10〜15%を上限に、
「現金・株式・債券」と並べた通貨分散型ポートフォリオとして位置づけるのが合理的です。
まとめ:金は“永遠の鏡”であり、“無限の上昇”ではない
金は、通貨システムの歪みを映す**「経済の鏡」です。
米政府の簿価再評価(リバリュエーション)が現実化すれば、
短期的には市場にインフレ的な衝撃と通貨再編の波**が起こるでしょう。
しかしその後は、新たな基軸通貨秩序の中で再び「静かな保険資産」としての役割に戻るはずです。
永遠の価値はあっても、永遠の上昇はない。
金は“守る資産”であり、“儲ける資産”ではない。――焦らず、分散し、時間に耐えること。
それが経済学的にも最も合理的な「黄金律」なのです。
✳︎次の一歩
- 米国債務と金価格の相関をグラフ化してみる
- Fed公式簿価($42.22)と市場価格の差を可視化
- 自分の寿命・ライフプランに合わせた“金の持ち方”を再設計する


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